らいちの歴史⑥-中学生のラーメン屋Ⅱ-

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一人で店番していた50日間で大変だったのは出前。前に書いたように出前は父がバイクで行っていたのですが、入院しているとは知らずに注文は入ってきます。一人なのであまりにも遠いところは事情を説明してお断りしたのですが、自分でいけると判断したところには自転車の片手運転で行っていました。

店には鍵をかけて「出前に行っています。少々お待ちください」と張り紙して、行くときは慎重に、帰りは猛スピードで自転車をこいでいました。

今でも覚えているのが、1キロくらい先の会社からラーメン12個の注文が入った時で、12個分のラーメンの準備をして、そのうちの6個作って持っていき、「あと6個もすぐ持ってくるのでお待ちください」と伝えて急いで帰って、残りの6個を作って持っていこうとしたらお客様が来られて「すぐ戻るので少しお待ちください」と言ってお客さんを店に残し、会社まで行って帰って、そのお客さんの料理を作ったということで、ラーメン6個を岡持ちに入れると8キロくらいになって、それを片手で持って自転車で2往復したうえにお客さんを待たせているプレッシャーまで重なってスゴイ疲れました。

今思うと中学生のくせに一人で店をやろうと思った自分も自分ですが、それを許した親も相当ぶっ飛んでいたなと思います。昔だからできたことで今なら考えられないことですが、私の人生の中ではこの経験はその後の人生にも影響した大きな出来事だったと思います。

 

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